私を動かした作家の言葉
私が40代でのセミリタイアを決意するにあたり、影響を与えた方がいます。とある作家さんです。縁あってお話しさせていただく機会があり、いまも深く記憶に残っています。
作家で食べていくのは難しい
作家という職業は、それほど儲かるわけではありません。ごく一部の流行作家は別として、そうでないほとんどの作家は、作家業だけで食べていくのは難しいそうです。
そのため、作家の多くは、サラリーマンとの兼業をしています。公務員の作家さんも珍しくありません。公務員は副業禁止ですが、年に数本の作品を発表する程度なら「副業」とみなされないらしく、公務員兼業作家は少なからず存在します。
私がお会いしたその方も、長く公務員の兼業で作家を続けてきた方でした。
公務員を辞めた理由
その方が公務員を辞めて、作家業に専念したのは、49歳のときでした。年功序列の公務員では、50代こそ収入的に「おいしい」時期と察せられますが、なぜ、49歳で辞めてしまったのでしょうか。
その理由を尋ねると、次のような答えが返ってきました。
「40代で辞めたら、私が意を決して独立したとみて、周囲の人が応援してくれるでしょう。でも、50代で辞めたら、私が優雅に早期退職したとみて、周囲の人はうらやましがるだけでしょう」
つまり、同じ「作家業に専念」といっても、40代なら「独立」、50代なら「早期退職」と見られて、周囲からの扱いが異なる、ということなのです。
「49歳で辞めて、本当に良かった」
49歳で「公務員を辞める」と伝えると、付き合いのある出版社の編集者は、こぞって反対したといいます。「作家は安定しない職業」ということを、編集者はよく知っていますから、その方の生活を案じて反対したのでしょう。
しかし、実際に退職すると、そうやって反対した編集者こそ、仕事をくれたといいます。「独立」を応援して、新規発注をしてくれたわけです。
おかげで順調に作品を残すことができ、還暦を迎えたときに「40代で辞めておいて、本当に良かった」と思い返したそうです。
その方は、私に言いました。
「もし、公務員を辞めるのが55歳だったら、誰も私の生活の心配なんか、してくれなかったでしょう。たくさんの仕事も、きっと依頼してもらえなかった。そうしたら、書きたいと思っていた作品を、これほど書くことはできなかったでしょう。」
いま辞めなければ
私は作家ではありませんし、私がこれからしようとしていることは「独立」ではなく、「セミリタイア」です。
私が仕事を辞めても、応援して仕事をくれる人もいないでしょう。ですから、この作家さんのお話を、そのまま自分に当てはめるつもりはありません。
ただ、この方の言葉は、私の心に突き刺さりました。
私は、さっさと仕事を辞めて、自由に旅をしようと、思い続けてきたはずでした。しかし、会社を辞める決断が遅すぎて、40代も終わりに近づいてきてしまいました。
いま辞めなければ、やりたいと思っていた旅をする時間が、どんどん失われてしまいます。
50代の10年間で何を残せるか
この作家さんは、50代こそが、自分らしい作品を残せた充実した年代だったといいます。
私は作品を残すような人間ではありませんが、旅の足跡はもっと残したいと思っています。50代の10年間があれば、行きたいと思っていた場所に、望んだ形での旅をすることができるのではないか。そう期待できるようになりました。
つまり、悔いのない死を迎えるために、やり残した旅をする。そのため最後に残された時間が50代ではないか、ということです。
50代という自由時間に、何をして、どこへ行くか。私はいま、とてもわくわくしています。